「翔べ、錦織圭!」読書感想文コンクール・作品発表(1)

これから3回に分けて、「翔べ、錦織圭!」読書感想文コンクールの作品を発表していきます。

エントリーNo.1:テニス少年さん

「いつでも だれでも ラッキーはくる」
錦織選手が子供時代に考えた言葉だ。
苦しいときにこの言葉から勇気をもらったそうだ。

1989年12月29日、日本のテニス界の歴史を変える男の子が生まれた。
彼の名は錦織圭だ。
テニスと出会ったのは5歳のとき。父がハワイのお土産にラケットを買ってきたのだ。
錦織圭の始めてのコーチは父であった。
1年ほど経ったらテニススクールに入った。
そしてどんどんうまくなっていき、小学6年生のときには全国小学生大会で優勝した。
この小学6年生のときに松岡修造と出会った。
そこから修造チャレンジに参加するようになった。

中2の9月からアメリカでの生活が決まりました。
それをサポートしたのが「盛田ファンド」だ。
アメリカで1日3時間勉強していた。
錦織圭にとって勉強は気晴らしになるそうだ。

2008年驚くべきことが起きた。
なんと錦織圭は決勝で世界ランク12位のブレークを倒して、デルレイビーチのツアーで優勝したのだ。
いっきに錦織圭のランキングも上がった。

そのまま順調に松岡修造の日本記録を破ると思われていた。
だが錦織圭はケガに悩むことになる。

僕は錦織選手のようになりたいと思っていた。
でも、僕は甘かった。
錦織選手はただならぬ努力を積んでいるのだと知ったのだ。
僕は正直言って錦織選手をなめていました。
錦織選手の考え方は普通のジュニアとは違った。
言葉では説明できないが、錦織選手には人並み外れた何かがあるのだ。

僕もこれから錦織選手のような強い男になりたいです。
この本を読んでもっと錦織選手を尊敬するようになりました。

錦織選手、
これからもケガに負けず、トップ10を目指してがんばって下さい。
応援してます。

エントリーNo.2:sabumasaさん

(はじめに)
読む前に予想していたものとは随分内容が違っていたので、当然感想文も予期しなかった内容になっていくのだろうが、確実にテニスについてにはならないであろうことを予めお詫びしておきます。

本を読んだ後にまず何をしたかというと、実家の母親に電話をかけるということだった。

オバサー(over30の略。オバサンではない)の単身者というと、たとえ婚活をしてなくても、仲間内では結婚もしくは将来の身の振り方についてしばしば話題に上がる訳だが、私の考えとしては、結婚そして子供を持つことへの抵抗感は年々強まっている。

子供なんか生んでしまったら、自分の人生はそこで終わってしまうような気がするからだ。むしろ20代の頃の方がそういうことに前向きであったような…。

前置きが長くなってしまったが、そんなバックボーンを持つ人間は、この本に書かれているようなある“親”の姿、そしてこれこそ無償の愛というものに触れると、それはえらく困惑してしまう。困惑というか、どういう精神構造がおふたりのように、子供の成長を素直に応援できる、子供の人生をふたりでサポートする、子供と共に自分たちも成長する…といった考えを持たせるのか全く見当が付かず、とにかく親に話を聞いてみたいと思ったのだ。

しかし、始めから予想していたことであったが、私を納得させる答えは見つからなかった。

それについてあんまりダラダラ書いても仕方ないので、結論だけ書くと、母親の主張としては「才能とは、それを汲み取ってくれる人がいてこそ花開く」そして、「親になることはそんなに悪いものでもない」というものだった。

こないだの全仏のフェデラーとデルポトロの準決勝を、私はmixiのフェデラーコミュの実況を頼りにケータイからスコア観戦していたのだが、なぜかというと、まさに今日還暦を迎えた母親を祝うために、両親と北海道に行っていたからだ。
当初の予定だった韓国行きは、新型インフルにより取り止めになり、むしろ値段がアップしたことで出資不能(もともとは母親の旅行代を全額出すと宣言していたのだ)になってしまった情けない娘であるが、プランニングに不慣れな両親のために色々リサーチし、各種手続きを引き受けた。カーナビの設定もやり、酒を飲みたい父親に代わってひたすら慣れない運転をした。ふたりが希望するメチャ高のガラス食器もプレゼントした。
非常に小さいことではあるが、帰京後すっかり疲弊してしまった私に「年寄りふたりの守りお疲れやったねぇ」とかいいつつ、親というものは、そういうささやかなことに子供の成長を実感したりするのだろうか。

親に「親とは」「子育てとは」なんてこと聞いても、今の自分にその意味を理解できる訳もないし、親になったところで多分分かるものでもないのだろう。

何が言いたいのか分からなくなってきた。自分から質問しておいてなんだが、親に自分について聞くのは凄くむずがゆいものがあるし、なんとなく知らないでおきたい気もする。
きっと、錦織くんも同じような気持ちなんだろうけど、この本はご両親から息子・圭への壮大なラブレターのように思えるし、望む望まないは別として、そうやって親の想いを伺い知れる機会を得た錦織くんはとても幸せな子供ではないかと思う。

(完)

エントリーNo.3:C太郎さん

「ナチュラル圭の輝く未来~翔べ、錦織圭!を読んで~」

僕が錦織圭のファンになったのは、2008年3月10日、WOWOWでデルレイの決勝戦を見てからです。当時テニスの経験がなく「どしろうと」の僕にでも錦織圭のテニスセンス、多彩なプレーの素晴らしさは直感的に理解できました。
でも、それ以上に彼の虜となってしまったのは、番組の中で彼の経歴を知ったからです。13歳で親元を離れて渡米し、テニスに打ち込んでいる。~きっとこの少年はいろんなものをあきらめたり犠牲にしてテニスに専念してきたんだ。そうできるほどにテニスが好きなんだ。そう思うと優勝が自分のことのように嬉しく思えてきました。さらに将来の目標を聞かれて笑顔でこう答えていました。「(世界の)ナンバーワンになりたいです。」
ご両親も言っておられましたが、アカデミーに渡る時に、既に漠然とプロとして生きていく覚悟ができていたのでしょう。それにしても「ナンバーワン」。とてつもなく大きな目標。僕にとっては顔面にパンチを食らわされたようでした。自分と比較してしまったのかもしれません。「よし、乗った!とことん応援するぞ!」いつの間にかそう決意していました。
その後の活躍は想像以上でした。ツアーの仕組みなどは無知でしたので、鼻血ブログを読んで錦織のスケジュールを追いかけながらテニスのことを知っていきました。試合で世界各地を回り、合間にはフロリダに戻って練習に打ち込む。これほどにも過酷だったなんて。
そして記者会見のコメントなどを聞くたびに良い人柄が垣間見られ、ますますファンになっていきました。とにかく素直で純粋!ご両親の愛情に包まれて育ったため、こんなにも愛すべき圭が成長したのだと本を読んでいて感じました。
まだまだ親に甘えたい年頃、13歳からの空白。そのためにか年齢の割に幼い部分があるのは正直否めません。コートの中ではひとりきりです。ともするとあの過酷なツアーを戦い抜いていくためには危ういかもしれません。
いや、それは取り越し苦労ですね。ナチュラル圭だからこそファンからも他の選手からもこんなにも愛される。そしてこれからもみんなに支えられていくことでしょう。公式サイトに寄せられる温かい声援の数々を読むにつけ、確信しています。
「ナンバーワン」になるのは錦織圭の目標なんだ。僕のじゃないんです。今はそう思います。元気に夢に向かって励んでいる姿、見守り続けたい。

4 件のコメント

  • わぁ~。
    みなさんの感想文読んで感激していま~す
    あー、私またまた書きたい病がウズウズしてきてしまいましたよーあぁどうしよう。
    日本にいたらパッと書店に行けば買えるのに、、、。
    送料が本の倍以上かかると聞いて、締め切りもあったし、あきらめよう、と覚悟を決めたのですが。
    同じ本についての感想文なのに、ひとりひとり、受け止め方が違い、感性のカラーがいろいろな色になって表されるなんて、ネットを通じてこんな素敵なことって、ねぇ!
    うぅーーーー(涙)!
    かんどー

      引用  返信

  • テニス少年さんの感想は、若さ溢れる直感の
    感想文ですね。
    テニス少年さんも圭くんに負けず劣らず
    素直とお見受けしました^^

    sabumasaさんの感想は私に近いものがあります。
    この本を読むと、
    親子の関係について思いをめぐらせ、
    錦織選手のご両親の、息子さんへの距離の置き方、
    考えの深さを感じますよね。
    親としては先進的な考えの持ち主、とも。

    C太郎さんは、錦織選手への熱い思いが
    伝わってきます。
    一冊の本でももうひとりのきょうこさんのいうように
    感想は千差万別なんですね。
    この本もいろいろな受け取り方ができる内容と
    いうこともあるのでしょうが。

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    ABOUTこの記事をかいた人

     テニスを愛する理系人間。よく理屈っぽいと言われる。  プレースタイルはサーブアンドボレー、というよりサーブ。ストロークは弱い。  2008年2月15日に本ブログを開設。その数日後に錦織圭はあのデルレイビーチ優勝を成し遂げる。  錦織圭の存在を知ったのは2004年。その後2006年全仏ジュニアベスト8で再注目。2007年のプロデビュー(AIGオープン)で錦織の試合を初観戦。その後の活躍を確信し、今に至る。