2017全仏準々決勝 vs. マレー レビュー(その1)

2017 French Open
Quarterfinal
Andy Murray[1] def. Kei Nishikori[8], 2-6,6-1,7-6(0),6-1

 濃密だった今年の錦織の全仏が終わりました。ベスト8という成績は悪くなかった。むしろ経緯を考えれば良かったと言えます。

コンスタントに出せる力こそが重要

 試合内容については、いい面と悪い面がありました。負けたということで悪い面が強調されるのは仕方ないですが、「メンタル」のひと言で片付けることは私は好みません。メンタルが一因であることは否定しませんが、ではメンタルを鍛えればいいのか?と言ってもどういった方策があるのでしょう? 結局は、トレーニングで体力を付け、練習で技術を習得し、試合で実践して確信を得るというプロセスを経て初めて自身というものは付くと思います。 持っている力が10だとして、10を出さなければ勝てない、時には11や12を求められるというのは、1試合限定であれば時々は達成可能だと思いますが、グランドスラムの長丁場を制する、あるいは1年トータルの成績で決まるランキングにおいて上位に位置するためには厳しい注文だと思われます。
 持っている力10そのものを11や12に上げた上で、コンスタントに10を出せるようにすることこそが必要です。

 今回の試合で言えば、1stセットに完璧なプレーをしながらなぜ、2ndセットに崩れたのか、3rdセット5−6からブレイクバックしたのは勝負強さと言えると思いますが、タイブレークではなぜ逆に勝負弱かったのか、そのあたりが焦点になりますが、そこだけを切り取って考えてもしょうがないのではないでしょうか? 総合的な実力があれば、取れたと思います。メンタルも含めた総合的な実力でマレーに負けた、それだけのことだと思います。悔しいですが。

波があった原因

 1stセットの内容が続けば勝ちです。2ndセットの内容が続けば惨敗です。両方が出たので、4セットの戦いとなり、良いプレーもあり悪いプレーもあり、見どころがありながらももったいないという印象を皆に植え付けました。
 ではなぜ1stセットが続かなかったのか? それは、無理をしていたからだと思います。1stセットの内容を通常運転(あるいは、「調子がいい」程度のときのレベル)とするような地力アップが必要です。通常運転ではないからこそ、マレーの気合いに押されたり、ちょっとしたこと(マレーのタイムバイオレーションなど)で流れが変わってしまうのです。

 「自信がある」という状態は、言い換えれば「こうすればポイントを取れる」という見込みがある状態です。1stセットはいいプレーでポイントが取れていましたが、自分の中でも「これは出来すぎた」とか、「普通ではない」という感覚があったのではないでしょうか。そこで、必要となってくるのは「メンタルの技術」です。決して、根性とかそういうものではありません。「このまま行けるところまで行く。入らなくなってきたら、次のオプションを選択する。」といった、冷静でありながら勢いに任せるという考えが欲しかったと思います。昨日の錦織は、入らなくなってきても、それまでの成功体験にすがって打ちすぎてしまったように見えました。ミスが増えることにより迷いが生まれ、そうなるとこれまでの疲労も意識してしまい、イメージと実際の体の動きの間に微妙なずれが生じて、ミスになったと推測します。「大きな音、鋭い振りとともにクリーンヒットしたフォアハンドが、大きくラインを割る」といった、「概ね良いが、微妙にずれている」ミスが出ていたのがそれを表していると思います。消極的なプレーよりはよっぽど良く、前にラケットが振れていましたが、打てば打つほどマージン(角度の許容誤差)は小さくなりますので、高い精度が要求されます。高い精度が必要なショットを決めるためには、タイミングと面の安定性の両方が求められます。

流れが変わった要因。メンタルの技術

 1stセットは最初からスライスでのブロックリターンやディフェンスを上手く使い、ラリーをリセットしてから攻撃に結びつけることが出来ていました。じっくりラリーをして球を選んで打つぞという戦略が明確で、上手く行っているうちにバックハンドに自信が出てきて、速くて深い球がどんどん決まるようになりました。これには観客もどよめき、「おいおいお前の応援してる兄ちゃんすげえな」って視線が私にも沢山投げかけられたほどです。
 直前に「ティーム・ショック」とも言えるジョコビッチに対する完封劇があり、ティームもセンセーションを巻き起こしましたが、1stセットの錦織の内容もこれに負けていませんでした。
 2ndセットの最初までその勢いは持続しましたが、スマッシュミスなどがあったゲームをブレイクされてからは、単調になってしまいました。3rdセットに修正できましたが、早めの戦略変更が欲しい。おそらく、外から見るとよく分かっても、コートの中にいるとなかなか決断が難しいんでしょうが・・・。

 タイムバイオレーションを取られたマレーの抗議から流れが変わった、これは事実ですが、そういうことで変わってしまう流れは本物ではない、と思います。タイムバイオレーションでセカンドサーブになったのですから、当然、錦織に有利な判定であり、錦織はむしろそれに乗じて流れを確固たるものにすることができたはずです。

 見逃せないのはあのゲーム、単なるキープであるにも関わらず、マレーは派手なガッツポーズとかけ声で、全力で取りにいったというところです。まだ2ndの序盤だったのに。
 これは、そこまでマレーが追い込まれていたということの裏返しでもあります。ここを落としたら一気に持って行かれる可能性を、マレーは気づいていました。だから単なるキープであれだけ吠え、ガッツポーズを作ったのです。
 ここで錦織も、対抗してガッツを全面に押し出すべきだったと思います。錦織はそういうスタイルではありません。ありませんが、今より上を目指すためには変えていかなければならない部分だと、私は思います。マレーのタイムバイオレーション時の私のつぶやきです。

 マレーは、プレー以外のパフォーマンスでスタジアムの雰囲気を変えました。このあたり、老獪です。錦織は、1stセットのプレー内容で観客を盛り上げ、自分の雰囲気を作りましたが、苦労して作ったその雰囲気が、このマレーのパフォーマンスによってリセットされてしまいました。非常に残念です。ここではまだ、マレーは自分の中にそれほど自信は無かったと思われます。

 このあたりは、メンタルの強さというより、「メンタルの技術」です。「根性」とか、「何が何でも勝ってやる気持ち」とかは、当然持っていなければならないものです。その上で、どうやって気持ちを盛り上げるか、どうやって雰囲気を作るか、これは技術です。今回、修造さんの解説が結構不評だったと聞いていますが、その修造さんが言っていた言葉、

「みんな頑張っている。頑張っているのは知っている。でもそれだけじゃだめだ、『どう頑張るか』だ。」

その通りです。頑張る方向性、頑張る技術です。

2ndセット序盤のツイートです。

 この心配がその後、現実になってしまいました。
 ウォッチミスでブレイクされ、1−5になったのは本当に残念でした。打てば決まるボレーでしたし、決まればデュースでした。キープして2−4なら、まだ挽回できたと思います。挽回できなくても、マレーに心の余裕を持たせないという意味で非常に重要なセットでした。

さらに、第2セットの戦い方について

 錦織は捨てセットを作っても、次のセットの最初で集中し直すのが上手く、この能力はツアーでも1,2を争うくらい凄いと思います。でもそれに頼りすぎな面があると思います。下位ラウンドにおいて上位ラウンドを見据え、体力を使ってセットを取れないことを嫌っての戦略なら分かります。錦織よりランキング下位の選手に対してはそれも有効でしょう。でもマレーに対してそれは許されません。捨てたセットではないでしょうが、何かを変え、がむしゃらにもがくべきだったのは間違いないです。ミスが早くなっていたので、まずはリスクの高いショットは減らし、ラリーを長くするべきだったでしょう。すぐにポイントが欲しいという気持ちが出過ぎていました。1stセット序盤の戦略に戻し、イチから流れを作り直すべきだったと思いました。

 4回戦のベルダスコ戦、「感動した」「錦織凄い」という声が沢山聞かれました。私も生で見て、良い試合であり感動しました。ですが1stセットのようなことをしていては、マレーには勝てないと思いました。あの逆転劇には、ベルダスコの不調も関係していたことは見逃せないです。3rdセット、4thセットの錦織の素晴らしいプレーにケチを付けるつもりはありませんが、どちらかというと錦織の「波」が気になりました。それがプレビュー記事で書いた以下の部分です。

しかし、私はまだ錦織の不安定さが気になります。4回戦の第1セットは、体の不調に心の不調が重なったものだったと思います。普段、あんまり錦織の心の心配を私はしないと思いますので、そのくらい気にしていると思ってください。マレーに対して、4回戦の第1セットのようなことをやってしまっては挽回は難しいと思われます。

 4回戦の第1セットのような元気のなさではありませんでしたが、私は第3セットのタイブレークのミスもさることながら、2ndセットに抵抗できなかったことが致命的だったと感じました。ナダルであれば、この状況でもファイトし、セットを取れないまでも「雰囲気」を作ることに成功したことでしょう。体力を温存している場合ではない、マレーとの対戦だったのですから、ここは粘りのプレーをもう一度思い出して欲しかったです。
 特に、マレーはディフェンスが強いプレーヤーで、打ち込まれ振り回されてそれを返球していくうちに調子が出てくることが多いので、その戦略にまんまとはめられてしまったのが痛いです。1stセットはマレーも打ってきて、それを錦織がそれ以上の返球をしてから最後は仕留めるというプレーができていましたが、2ndセットはマレーは返球に集中しており、そのうちに1本、いい球が入って形勢逆転したり、錦織がミスヒットしたりという循環になってしまいました。またバックハンド狙いが良かったと思うのですが、なぜかフォアハンドに回してフォアのクロスラリー(元々分が悪い。マレーはフォアクロス安定している)を増やしてしまったのも不可解でした。

長くなりましたが、まだ書きたいことがあるので一旦アップします。
「その2」記事を作ろうと思います。

記事タイトル、上手いのが思いつきません。
まだ、この記事の決着点がイメージ作れていません
思い入れが強すぎて、適当に思いついたまま書いてます。

 
 

55 件のコメント

  • @なっち さん

    もしかして、白いシャツ姿の人じゃなかったですか?
    私も、そう思いましたよ。
    だって、いきなり、その人だけ大写しだったんですもの。
    大きな声で錦織君を応援していたのをカメラが注目したのかも、と思っちゃいました。

    全仏までは色々不安だの心配だのあったけど、結局ベスト8。
    去年より良かったんだし、試合そのものについてはああすればこうすれば、はあるけれど、調子を上げてきてくれたよかったなー、と終わってみれば思います。

    私はベルダスコ戦に勝った時の、空を見上げてのガッツポーズが好きです。
    深い深い満足感と達成感を感じました。
    錦織君のテニスが戻ってきている。
    だから、後半戦をとてもとても期待しています。

    団長さん

    アニョー三昧でうらやましい!

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  • ミスした時に、もっと大声をあげて発散することを癖にした方が良いのではないでしょうか。ラケットを叩き付けるのを我慢するのをみていると、ストレスを次のポイントまで引きずってしまっているように見えます。もったいない。

      引用  返信

  • 二度目の投稿です。中欧旅行中ですが、試合が気になってネット観戦にいそしんでいました。昨年も何度もあった自滅試合でしたが、ここを越えられると優勝は夢ではありません。強打で向かっても、マレーは対応してきましたし、ワンパターンに成りがちなのも変えていかなければならないでしょうが、それは簡単なことではないと思います。ただただ応援している身ですが、期待もしています。まだこれからです。ここまで来たことも尊敬以外何もありません。性格的には日本人のおとなしめの若者ですが、私たちに幸せをもたらせてくれている大きな存在です。この時を共有できたことに、このブログに出会ったことに、感謝です。錦織を応援していることに誇りを持っているmemberとして。

      引用  返信

  • @RYUJIさん

    全面的に同意します。

    私も修造さんは凄い人だと思っているんですが、こと、圭くんのテニスに関してだけはちょっとだめですね。それと、おばっちさんもコメされていましたが、西岡くんに対しての才能が無い発言はひどいと思います。それだけあきらめないで努力している、と言いたいのだとわかりますが、もっと言葉を選んでほしいです。

    >「疲労そして腰、脚などに痛みがある中での闘い方の新境地」を拓き、よくぞ準々決勝まで行けたと評価しています。

    私も新境地を切り開いたのではないかと感じています。

      引用  返信

  • そうです、そのお方です!(遅っ!)FUMAさん。
    きっと、団長さま?に違いないと思っていますが、同じように思われた方がいて、嬉しいです。

      引用  返信

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     テニスを愛する理系人間。よく理屈っぽいと言われる。  プレースタイルはサーブアンドボレー、というよりサーブ。ストロークは弱い。  2008年2月15日に本ブログを開設。その数日後に錦織圭はあのデルレイビーチ優勝を成し遂げる。  錦織圭の存在を知ったのは2004年。その後2006年全仏ジュニアベスト8で再注目。2007年のプロデビュー(AIGオープン)で錦織の試合を初観戦。その後の活躍を確信し、今に至る。