種丸レポート:[K]-Impact(錦織圭トークショー)

9月25日に開催された錦織圭のジュニア向けトークショー「[K]-Impact」に参加された種丸さんのレポートを紹介します。

量が多いので3回に分けて送ってくださっていますが、本日は2回分をまとめて紹介します。

なお、同じレポートはTennisnamakaさんのところでも読めます。

前回の簡単な紹介記事では私の判断で「匿名希望」ということで名前を伏せていましたが、どうやらHNを出してもOKなようで(笑)。余計な気を使ってしまった。

それでは行きます。まずはその1.

さて、今回はお台場にありますホテル日航東京にて開催された
ウイルソン主催のイベントについてレポートさせて頂きます。

24日に圭君は凱旋帰国し、一夜明けた25日午前10:30より
このイベントは開催されました。

題して [K]-Impact

小学生のジュニアプレーヤーを対象とした
錦織圭君のトークショー&サイン・撮影会がその内容です。

まずは軽快な音楽に乗って今年の活躍ぶりをまとめた映像が
スクリーンへ映されました!

そして大きな拍手に迎えられて 圭君が 登場っ!!
とっても爽やかで清々しく、でもどこか照れくさそうな笑顔での
入場でした。

席に着き、お相手の村上武資さんとのトークショーが始まりました。

村「圭、おかえりなさい」
圭「はい」
村「・・・それだけ?(笑)」

という出だしで始まり、

村「4~5年前まではそっち(小学生の席を指し)に座ってても
  おかしくなかったよね。そう考えるといまの心境は?」

圭「4~5年前はホントに中学生くらいなので・・信じられないですね」

村「今年を振り返ってみては、どーかな?」


圭「今年1番嬉しかったのはデルレイ優勝で、TOP10選手にも
  勝てて凄く自信になりましたね」

村「負けた試合については?(USOのデルポ戦)」


圭「フェレールに勝って体力的にも精神的にも疲れていたし、
  勝ったことで満足感もあり、デルポトロ戦では試合に
  入り込めなかった」

村「圭はフェレールにも勝ったんだから、デルポトロにも
  勝ちたい気持ちが強かったと思うし、デルポトロからすれば
  圭には負けられない気持ちがあったと思うのね。
  勝ちたいと思う選手はポイントを早く決めようとするよね。
  逆に負けられないと思う選手はシンプルにやれることをやって、
  やることが明確になるよね。
  色々考えすぎて動けなかった部分もあるのかな?
  そういう意味でGS2大会を振り返るとどうですか?」


圭「B8は修造さんの記録という、記憶があって、修造さんのせいに
  するわけじゃないけど、大きな壁としてありましたね」

村「修造のせいだね(笑)」

圭「(笑)相手(デルポ)のプレーも良くて、ミスも少なくて、自分が
  攻めた球もミスしないで返してきたし、相手が2歩くらい上でした」

村「ホントにそー思ってる?」 

圭「はい」 

 

事が悔しくて試合後は
  誰とも・・親とも話せなかったし・・・」

村「負けた試合から学ぶことは多い筈だよね?
  課題は見つかった?」


圭「今年は怪我が自分には負担になり、モチベーションが
  下がったりしたのでやはり体力的なものを強くしたい。
  勿論、メンタルやテクニック的な・・
  
サーブは世界のTOPと闘えるチカラが付いてないし・・
  あとちょっとだとは思うけど・・」

と、ここまでは他のインタビューでも答えていたような内容のものでした。

つっかえることもなく、スラスラと言えていたので本心を偽り無く喋っていたのでしょう。
緊張した様子も無く楽しそうでしたよ。 ますます好感度UPです(笑)

この日は小学生までの子供達が招かれていたので、この先はジュニアに向けての話に展開が変わっていきます。

招かれたのは33名。中には全小優勝者が居たり、北海道から1人で来た子、大阪から来た子なども居ます。

どーいう選択基準かは各箇所で違うと思いますが、ウイルソンの契約コーチ(WAS)やショップ契約しているスクールやクラブに各地のウイルソン担当スタッフが人数枠を与えて選出された子供達なのでしょう。みんなラッキーな子供達ですよ、ホントに。

このあとサインはして貰うわ、写真は2ショットだわ、握手はするわ、帰りにお土産(USOベスト16記念ポスター・来年の圭君のカレンダー・だんちょも紹介してた本(15-0)・圭君使用ラケットのフィギア携帯ストラップ・・・・すげ~贅沢っ!!)貰ってるわで・・・(笑) 引率していった俺にはな~んもなしっす(><)

ただ、少し悲しかったのが、緊張していたからか最初から中盤くらいまでの子供達がサインを貰う前と貰ってから写真も撮って貰ったあとにしっかりとしたお礼を声に出して言えていない子供達がいたことです。特に男の子たち。

途中でウイルソンスタッフから「しっかりお礼して!」と言われて「はっ」としたかのようにやっていましたけど・・。

圭君も小さい頃に表現が苦手だった経緯もあるので苦笑いして見ていました。

後半の子供たちは挨拶も良く、いい笑顔やピースしながらの撮影となりました。

圭君も一人一人に丁寧に笑顔で応えていて「人間力」もあるところをみせてくれていましたよ。

さて、えらく長くなってしまいました。
トークショーの続きはまた次にしますね。

その2.

今日は子供達へ向けてのトークになった部分を掲載します。

村「今日はジュニアがいっぱい来てくれてるわけですけど、
  彼らくらいの年頃で圭はアメリカに渡ったわけだけれども、
  アメリカに行く前や行ってからはどんなことに気を付けながら
  練習していたのか話してくれる?」 

圭「ボクは最初にアメリカに行った時にホームシックって無かった
  ンですね、すごいそれは親にとっては聞きたくないことだろう
  けど(笑)もうホントにテニスに夢中でテニス漬けの毎日を
  過ごして、いつも強くなりたい気持ちが1番強かった・・
  その思いがチカラになりましたね」

圭「ボクは最初にアメリカに行った時にホームシックって無かった
  ンですね、すごいそれは親にとっては聞きたくないことだろう
  けど(笑)もうホントにテニスに夢中でテニス漬けの毎日を
  過ごして、いつも強くなりたい気持ちが1番強かった・・
  その思いがチカラになりましたね」

村「圭は13歳でアメリカ行って、日本とは食や文化の違いがあった
  と思うけど、そんな中でテニスしてない時間もあるよね?
  その時間に学んだことは?」

圭「最初は英語が喋れなくて、でもそんな中で英語の学校に行って
  授業受けたり・ほんとに最初は聴いているだけの中でも
  頑張ってました。
  最初はホントに外人が怖くて・・自分も小さかったンで皆が怖く
  思えるくらいだった。
  それに対して今は本当に成長したなと思ってます」

村「2004~5年、本当に3~4年前まで圭はボクと一緒にジュニア
  デビスカップっていう国別対抗戦でいろんな所に遠征してる時も、
  圭は決して自分からあまり喋るほうじゃなかったし、自分のことを
  あまりアピールするほうじゃなかったんだけど、ボクがみてて圭は
  食事を決してマズイって言った事なかったよね?・・・たぶん(笑)
  ボクらはマズイなぁーって思ったところもいっぱいあったと思うし
  ・・本当にアメリカってところで絶対、あの・・こんだけ、ね、日本の
  子供達がいっぱい居ますけど、日本という国はホントに食事も
  美味いし(圭:そーですね・しみじみw)どこに行っても何でも
  手に入るし、そんな中で育ってしまうとなかなかそういう感覚を
  身に付けるのは難しいと思うンだけど、やはり圭はその中で
  必死に自分と闘い、自分を育ててきたって事が自分の一番の
  支えになったと言っていいですかね?」

圭「まぁ、ホントの事言うと日本で暮らしたいし日本でテニスやりたい
  ですけど、やっぱりテニスでトップ選手になるには海外に出て
  行かないと色々な経験が出来ないと思うし、日本にただ居るだけ
  では世界は見えてこないと思うので、そういう意味で自分は
  アメリカに居る訳だし海外で練習を積み重ねる試合だったりとか
  が1番大事だと思いますね」

村「なるほど。じゃあ、あと1つコートではどうですか?
  圭がこの目の前に座っている年代の子供達がどういう目標を
  持って、どういう事に気を付けて練習したらいいか教えて
  あげてくれる?」

圭「ボクは普通の人とは違った感覚でテニスをしていたと
  思うし(笑)、自分としてもテニスを楽しみたいし、見て
  いる人も楽しんでもらいたいし、自分もテニスが好きなので
  色々なショットを使ったりとか・・一定のプレーってのが・・
  あまり、ホントに・・
  好きじゃない(村:好きじゃない・ハモる♪)(笑)
  変わった事をやりたいと日々考えてやっていますね」

村「そーだよね、一緒に遠征行って(練習して)もクロスコート
  (ラリー)やろうっていうと3分くらいで嫌な顔するのね(笑)
  (圭:ははは)
  だけど、そっからこんなことやろうって言うと喜んで
  取り組んでましたね。
  だけど1つ思ったのが、とにかく練習を始めたら圭はどんな
  ボールでも追いかけていたよね。
  (圭:そーですね、はい)それは本当にテニスの基本だと
  思うのね。ボクと打ち合っているときも少々アウトでも・・
  ボクがワザとアウトしても・・・ホントはミスったのかも
  しれないけど(笑)
  とにかく追いかけてたし、そこからどこにでも打てる体勢を
  作って、その中で色々なショットを選択してたと思うの
  だけど、それはやっぱり心掛けていたの?」

圭「やっぱり勝つってのは1番の目標っていうか、まぁ、
  1番に置いておかないといけない事だと思うので、
  その中でガムシャラにプレーをするってのが1番大事
  だと思うし・・ん~・・・・・
  (村:出来る事を表現しようとしてた?・ナイス助け船!)
  ・・そーですね、出来る事をやろーと思ってました」

村「是非、参考にしてくださいね、みんな、ね。・・わかった!?
  下向いてる場合じゃないよ!!いいねっ!!ハイ。」

この先はまた話がガラッと変わってラケットの話になりますから、あとでアップしますね。

圭君には元から感覚的にグローバルなものが備わっていたような気になりました。そしてテニスに対して好奇心旺盛。

人が常識と思うことに疑問を持てる、人と違った道筋を好奇心や遊び心で探しあててしまう、そんな気質を備えていたのかもしれないなと強く思うのでした。

ではまた。

種丸さん、魂のレポートありがとうございました。

村上さんはトークがかなりいけますね。これだけ圭君にしゃべらせるとは。
それでも村上さんの話の方が長いけど(笑)。

気心が知れた人だから、圭君も話しやすかったんでしょうね。

3 件のコメント

  • 種丸さん、
    レポート、ありがとうございました!!!
    wowowで一度、村上さんのインタビューを見たこともあって、すごくリアルに伝わってきました。
    錦織選手のテニスに対する姿勢がよく分かって、とても興味深い内容でした。
    村上さん、インタビュー上手ですね。
    カラーで色分けした字、読みやすかったです。

      引用  返信

  • おおっ! 色分けしてあると見やすいです。

    会場で必死にメモ取っておいて良かったです。

    たぶんコッチはあまり話題にならず新聞にも載らなかったと
    思います。

    アディダスのテニスクリニックは出てましたよね。

    勿体無いと思って掲載をお願いしました。

    だんちょ、ありがとござマースww

      引用  返信

  • 種丸さん、レポートありがとうございます(^^)
    とても楽しく読めました。

      引用  返信

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    ABOUTこの記事をかいた人

     テニスを愛する理系人間。よく理屈っぽいと言われる。  プレースタイルはサーブアンドボレー、というよりサーブ。ストロークは弱い。  2008年2月15日に本ブログを開設。その数日後に錦織圭はあのデルレイビーチ優勝を成し遂げる。  錦織圭の存在を知ったのは2004年。その後2006年全仏ジュニアベスト8で再注目。2007年のプロデビュー(AIGオープン)で錦織の試合を初観戦。その後の活躍を確信し、今に至る。