ありがとう、錦織圭(2026ジャパンオープン1回戦)

2026 Kinoshita Japan Open (ATP 500)
1st Round
Francis Tiafoe[2] def. Kei Nishikori[WC], 6-4,6-4

 最後の1ポイントまで声を出し尽くして応援しましたが、願い叶わず。
 本人はもう少し良いプレーをしたかった、と、とても悔しそうでした。
 引退の記念試合ではなく、あくまでツアーの中の一試合として、一人のテニスプレイヤーとして、最後まで勝負にこだわってプレーしてくれて、嬉しかったです。
 今日の観客の皆さんも、最高でした。1ポイントたりとも、掛け声のないポイントはありませんでした。1ポイントもです。誰もが最後まで勝利を諦めていませんでした。

 かつてのように足は動きませんでした。リターンもイメージ通りに行かなかったでしょう。それでも、その姿は美しかった。最後のポイントは、意地の最長23ラリー。ドロップボレーを2バウンドギリギリまで追いかけるも、わずかに届かず。偉大な錦織圭のキャリアが終わりました。

 悔しさと悲しさがあります。まだやれる、錦織圭のテニスはもっとすごいはずだ、そんな気持ちもあります。しかし、結局戻ってくる言葉は「ありがとう」。引退を聞いた時の最初の気持ちのままです。いつもは先に記事を書いてタイトルを決めるのですが、この記事のタイトルはすぐ決まりました。

ありがとう、
錦織圭

 この言葉に尽きます。引退キャンペーンの合言葉もこれでした。試合後、観客の皆さんからも「ありがとう~」の叫びが、嗚咽が、拍手が、止まりませんでした。みんなの気持ちも一つでした。

 このブログであなたを鼻血が出るまで応援し続けた18年と7か月、ずっと楽しく、幸せでした。知っていますか、私たちは皆あなたに恋をしているので、錦鯉といいます。大海で自由に泳ぐあなたのことを池の中で飛び跳ねながら応援し続けてきました。
 
 喜びをありがとう、興奮をありがとう、感動をありがとう、そして、夢をありがとう、錦織圭。

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    ABOUTこの記事をかいた人

     テニスを愛する理系人間。よく理屈っぽいと言われる。  プレースタイルはサーブアンドボレー、というよりサーブ。ストロークは弱い。  2008年2月15日に本ブログを開設。その数日後に錦織圭はあのデルレイビーチ優勝を成し遂げる。  錦織圭の存在を知ったのは2004年。その後2006年全仏ジュニアベスト8で再注目。2007年のプロデビュー(AIGオープン)で錦織の試合を初観戦。その後の活躍を確信し、今に至る。